新しい文化が育まれていく街
宮本
僕は銀座で生まれて、若い時から日比谷にはよく来ています。街の印象として特に記憶に残っているのは、学生の時、今では信じられないくらい映画館や劇場の前に長い行列ができていて、ロードショーでは立ち見客がたくさんいた光景です。その熱狂に触れながら、ブロードウェイってこんな感じなのかなと思いを馳せていたのを覚えています。また、今は無くなってしまいましたが、日劇(日本劇場)が日本の文化や音楽を先導していて、それを覗き見ながら、大人って格好良い遊びをするんだなという憧れを感じていました。平原さんは日比谷の街にどんな印象を持っていますか。
平原
私は、デビューしてからは帝国劇場に仕事で来ることや、映画や観劇に訪れる機会が増えました。それ以前は家族ともよく訪れていて、父が銀座のライブハウスで演奏するのを観に行くこともあり、親しみのある界隈です。街には由緒正しいお店や華やかな場所があり、背筋が少し伸びるような感じと懐かしさが相まって、とても好きです。
宮本
プロとして日比谷で仕事をすることもまた特別な瞬間ですよね。自分にとって思い入れのある街で、その中でも聖地とも言える日生劇場ではたくさんの舞台を観てきただけに、初めて演出をした時は感激でしたね。1989年にミュージカル『エニシング・ゴーズ』を手掛けて、当時は日生劇場で最年少の演出家だったので、誰だあいつはという目で見られていたのですが、そんなことは気にならないくらい興奮して心血を注ぎました。私にとっての日比谷は、プライベートでの思い出や、演出家としての喜びを感じさせてくれるワクワク感の詰まった街です。
平原
日比谷を行き交う人々、特に劇場やお店などで働く人々が、街に誇りを持っているのを感じます。仕事や稽古の合間に街を歩くと、ただの気晴らしだけでなく、オシャレをして楽しみたい気持ちがわいてきます。日本の素敵な文化を感じる場所でもあるので、海外の友人が来日した時は案内したい場所でもありますね。
宮本
確かに、海外から友人や仕事仲間が来た時に、日比谷で作品を上演していると、「日本にもこんな場所があるんだね」ととても興奮してくれますね。彼らにとって劇場が集まる街は、ブロードウェイやウェスト・エンドのように文化の発信地で、時代をつくっていく場所という思いがあり、日比谷にもそれを感じてくれているのかなと思います。劇場や表現する場所が集まると、そこには競争が生まれて、洗練された本物志向の作品や新しいものが生まれてくる可能性が高まっていくと思います。
東京ミッドタウン日比谷が開業した2018年から続く『Hibiya Festival』は、ニューヨークのタイムズスクエアの賑わいや文化が発信される場所のイメージを東京ミッドタウン日比谷に重ねて、ビルの合間で様々な音楽や演劇、パフォーマンスが行われ、新しい熱気が生まれていく「街を劇場に」というコンセプトでスタートしました。日比谷のビジネスマンが足を止めて拍手をしてくれている様子を見ると、新しい日比谷の風景や文化が育まれていく可能性を感じています。しかし、くしくもコロナウイルスの影響で、劇場を始めとする様々な場所での表現が制限されることになり、多くの人が活動の場を失ってしまった。それで、次に始めたのが若い才能が活躍する場を広げるためのプロジェクト『あなたがNEXTアーティスト!』です。これからの時代をつくる才能を後押しするこのイベントの意義はより大きなものになっていると思います。
平原
表現する私達だけでなく、演劇や音楽を楽しみにしているお客様にとっても、フラストレーションがたまる日々が続いていたと思います。表現する場所や機会が無くなれば、色々な文化が無くなっていってしまうかもしれない。このプロジェクトでは、私も審査員としてお手伝いさせていただいていますが、私自身もまだまだチャレンジしていかなければいけないNEXTアーティストだと思っていますし、そういった場所を生み出してくれる宮本さんのような存在や、東京ミッドタウン日比谷という空間があることは有り難いですね。今は、プロやアマといった境界線が曖昧になっていて、動画サイトやSNSを通じて注目されるようになる人もいるし、誰にでもチャンスがある時代になっています。その中で、そんなあらゆるアーティスト達が集まれる場所になっていくと良いですね。
宮本
演劇やミュージカルを観る人々がたくさんいますが、残念ながら集える場所は日本には少ない。東京ミッドタウン日比谷を見た時、こんな集える素敵な広場があると興奮しました。多くの人がここで交流して、歌い踊り、生きていることを讃歌でき、希望を抱いてもらいたい。それに、これから頑張っていこうとしているアーティストには、あなた達の才能は素晴らしいものなんだよと伝えたいという思いを持って取り組んでいます。
愛着や誇りが街の魅力を
生み出していく
宮本
宝塚劇場から歩いてくる時の雰囲気も個人的には好きですね。ゆとりのある曲線的な道を歩いてると、まるでメロディーが街に溢れているみたいに、色んなお店や人々と溶け合い街の一部になって、心も軽やかになりますよね。
平原
東京ミッドタウン日比谷の中のお店もとても個性的で、行ってみたくなるところがたくさんあります。品のある雰囲気や、大きな窓から見える日比谷公園の緑もここにしかない風景の一つですよね。
宮本
東京ミッドタウン日比谷の人々が、日比谷に愛着を持っているというのも、街の雰囲気をつくる大切な要素だと思います。先程、タイムズスクエアと東京ミッドタウン日比谷を重ね合わせたという話をしましたが、I LOVE N.Y.というキーワードが示す通り、ニューヨークでは多くの人が周りの人の文化や行いを「いいね」と応援し支持する雰囲気があって、それが様々な表現やアーティストを後押しして盛り上げています。日比谷ではミュージカルや映画を始めとする多くのエンターテインメントが発信されていて、また、最先端の食やファッション、伝統的な文化が行き交っています。それらを日比谷の人々が尊重し合って、楽しんでいくことで、新しい日比谷らしさというものが生まれていくのではないでしょうか。
平原
宮本さんが言うように、これから東京ミッドタウン日比谷を中心に新しい文化が育まれていく中で、今の品があって素敵な雰囲気に、もっと色んな才能が入り込んでいって、より彩りが増えていくといいなと思います。由緒正しいもの、シックで大人な雰囲気、そして新しい出会いや華やかさが生まれていく、これからの日比谷がとても楽しみですね。
宮本
この辺りは明治時代に鹿鳴館がありました。長い間、鎖国をしていた日本に西洋から異なる文化が入ってきて、まさに日本の文化と融合して新しいものが次々と生まれていった場所です。東京ミッドタウン日比谷のように、映画館やレストラン、ファッションなど様々なものと、多くの人が集まる場所は次の時代の文化を生み出していく場所になる可能性を持っています。幼い僕が、劇場で様々な作品に触れ、憧れを抱いて、夢に向かって進んでいったように、東京ミッドタウン日比谷を中心とした日比谷の街全体が、たくさんの人々をワクワクさせる、新しい出会いのある劇場のようになっていってほしいですし、そのために私も協力していきたいです。